絶縁後の生活ー2020年1月ー
こんにちは。
今日は、毒家族との絶縁後の生活についてお話します。毒親と絶縁して数カ月が経ちました。
絶縁直後は、「許せない」という怒りや、「なんで」という悲しみで、
気持ちが乱高下することがありました。
朝、掃除をしていたら、ふつふつと毒家族への怒りが沸き上がってくることもありました。
でも、この年末年始、穏やかに家でのんびりと過ごしていた、
でも、この年末年始、穏やかに家でのんびりと過ごしていた、
悪く言えば「ヒマ」で考える時間はたっぷりあったはずなのに、
不思議と、怒りも悲しみも、湧いてきませんでした。
むしろ、「あれ? 私って、絶縁していたんだよね?」とたまに気づくくらい。
絶縁直後は、「あんなひどいことをされた」と憤り、嘆いていたはずなのに、
「ひどいことをされていたのよね?」と確認するかのように、不思議と、怒りも悲しみも、湧いてきませんでした。
むしろ、「あれ? 私って、絶縁していたんだよね?」とたまに気づくくらい。
絶縁直後は、「あんなひどいことをされた」と憤り、嘆いていたはずなのに、
このブログの過去の記事を読んで、「こういうことをされたんだったよな」と思い出していました。
そう、毒家族と離れ、穏やかで楽しい時間を過ごすうちに、
ネガティブなことを、忘れつつあったのです。
確かに、まだ、完全には忘れていません。
でも、あれだけ頭のハードディスクを喰い、ワーキングメモリを重くしていた
毒家族と離れているうちに、毒家族のことを忘れつつあったのです。
その事実に気づき、一瞬、
「慣れ親しんできた状況(=不安でいっぱいの日々)と違うから不安」
という不安が芽生えてきて、「危ない、危ない…。毒家族で培った、
不安がないとかえって不安、という残念なプログラミングが抜けていないぞ」
と自分に一人ノリツッコミしました。
毒家族が私の人生や人格影響に与えた影響は、計り知れない。
けれども、少しずつ、影響が抜けてきている。
きっと、大丈夫。私なら。
傷がかさぶたになって、かさぶたが薄い皮膚になって、
皮膚の色の違いが馴染んでいくように、きっと、
いまの「ちょっとした違いに対する違和感」も、そのうち気づかないくらい薄まるだろう。
そう信じて、穏やかな日常を、ありがたく享受していきたいと思った年頭でした。