毒親(毒家族)体験記ー一方的な言動ー

こんにちは。
今日は、私の毒親(毒家族)体験記ということで、
「一方的な言動」についてお話します。

毒祖父と毒母は、平気で私の心を傷つける暴言を吐きました。
けれども、私の反論の言葉やNOは受け付けませんでした。
また、彼らは、一切謝罪しませんでしたが、
私には、私が悪くなくても、謝罪を求めました。


○毒祖父母:家に住まわせてやっている
私の祖父母は、同居にこだわりました。
無理して買った一軒家なので、土地に執着があるからでした。
「相続させてやるから、住め」「住まないなら、何も相続させない
そうやって、私の母を金銭で弄んでいたことは、既に話した通りです。

私は、祖父母の家から出ても一人で暮らしていけますし
(実際、いま、一人暮らしができています)、
むしろ、祖父母の家は職場から遠くて不便だったので、
祖父母の家から出た方が、私は幸せでした。

けれども、私に同居を強要し、その上、
「家に住まわせてやっている」と言うのでした。
私、家賃も光熱費も、納めていたし、(※食事は各々で手配)
家を出て行った方が、断然、経済的には良かったのですが…。
むしろ、
・私が同居し、相続税が安くなることで、
 祖父母や伯母・叔母も助かる
・介護をして、面倒を見ている
・掃除をして、面倒を見ている
といった点で、同居には祖父母もメリットがあったのですが、
一切、そういった点は、認めません。

「自分たちの方が経済的に上」で「面倒を見てやっている」と、
自分の老いを無視していました。

そのような態度を取られたら、
「経済的に自立したから」「さようなら」と、
私に去られても、祖父母は文句を言えませんよね(笑)


○毒祖父母:受け入れてやった
私は、父の死後、母と一度祖父母の家を出たのですが、
祖父母との別居が決まり、即行で祖母は親戚中に、
「嫁と孫、出てくんですって! 好きにすればって感じ」
と、私たちが出ていくことを吹聴していました。
「あの人たちがいなくても、全然困らないわ」とも言っていました

けれども、その1年後、祖父は、帯状疱疹の痕を母と私に見せながら言いました。
「自分たちは老いた。戻ってきてほしい」と。
つまり、老いて、生い先も短いし、色々と心配だから、
若い母と私に戻ってきてほしい、ということでした。

けれども、母と私が戻った後は、対外的には、
「出戻りを許してやった」「母子家庭じゃかわいそうだから」「経済的にも不安定だし」
と「また受け入れてやった」と言うのでした。

そんなことを言われるのでしたら、
「もう面倒は見ない」し、「一生、祖父母とは同居したくない」
という気持ちになりますよね。


○毒祖父母:自分たちの汚物は見えない
私の母は、父の死後、ショックのあまり、
連日泥酔しては嘔吐していました。
祖父は、「臭い」「汚い」と非難していました。

けれども、特に祖母が老いてから、
・祖母の嘔吐で汚れたトイレ等 →祖父は吐しゃ物が見えない・臭くないと主張
・祖母の排泄物で汚れたトイレ等 →同上
・祖母の排泄物・トイレットペーパーが浮いているお風呂 →同上
という状況で、むしろ、
・何もないのに、気にするお前が神経質
と主張していました。

人の汚物は非難するのに、自分たちの汚物は擁護(というか、ないものとしている)。
それじゃあ、一緒に、歩み寄って支えながら生きていこう、
というマインドにならないですよね。


○毒祖父母:お前はかわいくない
言うことを聞かないと、かわいくないと言われました。

たとえば、ある日、祖父から「お風呂上りに、浴室をきれいに拭いてほしい」
と言われました。
そこで私は、「いま、浴室においてある雑巾は、カビてて不衛生だから、
きれいな雑巾をもらえませんか」と相談しました。
そしたら、祖父は「交換条件を出すなんて、お前はかわいくない」
「交換条件を出すなんて、お前は自分勝手だ」と主張しました。

「かわいくない」や「自分勝手」と怒鳴りながら言われると、
どれだけショックを受けるか、相手の気持ちが分からないんです。

相手の気持ちが分からず、暴言を吐き、
歩み寄りの姿勢が無い人とは、付き合いたくないですよね。


○毒母:暴言を一方的に吐く
・お前なんか産むんじゃなかった
・子どもの分際で
・親に向かって偉そうに
・(二人暮らしについて)こんな生活、楽しくない
・なんで子どもに気を遣わなきゃいけないの
等、心が傷つく言葉を、平気で言えるんですよね。

毒母がすっきりするまで、暴言を聞かないと、
・なんで、最後まで聞かないの
・逃げんじゃないよ
と、更に怒り爆発です。

また、私が思わず毒母の痛いところをついてしまうと、
・あんた、自分だけが言いたいこと言ってすっきりするって、
 なんなのよ
・暴言を言って言い逃げなんて、卑怯ね
と言い、反撃の機会の確保に努めていました(笑)

いずれにせよ、毒母は、自分がすっきりしないと、気に入らないんです。
そんな人とは、ずっと付き合い続けるなんて、無理ですよね。


○毒母:尊厳を傷つける発言・脅迫
毒母の期待に添わなかったり、
毒母の指示に100%同調しないと、平気で尊厳を傷つける言葉を言いました。
・そんなんだから、友だちが少ないのよ
・あんた、ひとりぼっちになるよ
・あんたの周りから、誰もいなくなるよ
・あんたの育て方、間違えたかしら
親の言うことを聞かないと、上記の暴言を吐かれました。
論理飛躍もいいところですよね。

他にも、
・ほかの人は所詮「他人」だから。
 あんたのことを思ってあげられるのは、血のつながった親の私だけ
・私に見捨てられたら、あんたはお終いよ。
等、血のつながりで、私を縛ろうとしていました。

逆に言うと、「血」という繋がりや、
「親子」という「上下関係」でしか、
私をつなぎ留められなかった、束縛できなかったんですね。

私が、「血がつながっていようが、親子だろうが、
虐待はよくない」という結論に至ったとき、
「血」や「親子」という言葉では、私をつなぎ留められなくなるのも当然ですね。


○毒祖父母&毒母:謝罪させたがる。自分は謝罪しない。
彼らは、「自分にも非がある」ということを認めませんでした。

世の中は、ゼロか100で、
「目下の存在(孫、娘)が100%悪い。自分は100%正しい」
という発想なんです。

彼らが、言葉で謝っても、心から悪いと思っておらず、
・謝ってやった
・譲ってやった
という発想。
「100%正しい自分」が、「慈悲の心」で
「歩み寄ってやった(=自分は100%正しいまま)」
という認識なんです。



結局、毒祖父母と私の関係も、毒母と私の関係も、
毒祖父母と毒母が一方的に、
・自分たちが偉い → 言うことを聞け
・自分たちが正しい → お前が謝れ
と「押しつけてくる」関係なのでした。


もう、私は、20代半ばで、きちんと収入があります。
家事もきちんとできます。

「養ってもらわないと死ぬ」や「食事作ってもらわないと死ぬ」
という子どもではなく、自立した大人になったので、
「もう、毒祖父母や毒母と一緒にいなくてもいいや」
となるのも、無理はないんですね。

どんなに、「薄情だ」と言われても、
私に、生殺与奪パワーで働きかけをして、彼らが望む関係を維持しようとしてきた以上、
その生殺与奪パワーが私に効かなくなってしまえば、
私から縁を切られても仕方がないんですね。

つまり、絶縁は因果応報なんです。
だから、罪悪感に苦しむ必要なんてない。
自分は、薄情な人間ではない。

毒家族が自分と、どんなふうに関係を築こうとしてきたか。
それを冷静に振り返れば、絶縁は正しいことだった、
と確信をもって思うことができます。

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